アニコム 先進医療研究所株式会社

ニュースリリース・トピックス

2026年9月1日

短い尾をもつツシマヤマネコをゲノム解析、イエネコとの近年の交雑を示す証拠は認められず
ベンガルヤマネコ属で初となる短尾個体の報告 -臨床・ゲノムの両面から調査-

対馬で撮影された短尾のツシマヤマネコ(左)と
短尾のイエネコ(右)

アニコム先進医療研究所株式会社(代表取締役社長 堀江 亮、以下 当社)は、環境省 対馬野生生物保護センター、京都大学 野生動物研究センター(センター長 平田 聡)、京都市動物園(園長 和田 晴太郎)、NPO法人どうぶつたちの病院(理事長 越田 雄史)、麻布大学(学長 村上 賢)との共同研究により、対馬で確認された「尾の短いツシマヤマネコ※1」について全ゲノム解析※2を実施しました。その結果、核ゲノム解析では、この個体にイエネコとの近年の交雑を示す証拠は認められず、ミトコンドリアDNA※3についても、他のツシマヤマネコと同一の型を示しました。また、比較対象とした他のツシマヤマネコ15頭についても、イエネコとの近年の交雑を支持する結果は得られませんでした。ネコ科ベンガルヤマネコ属(Prionailurus)において短尾個体が報告されたのは、把握している限り、本研究が初めてです。

本研究成果は、外見上の特徴のみでは交雑の有無を判断することが難しく、ゲノム情報に基づく検証が有用であることを示すものです。本研究成果をまとめた論文は、Elsevier社が刊行する保全生物学の国際学術誌『Global Ecology and Conservation』に掲載され、2026年8月5日にオンライン公開されました。

本研究の背景

ツシマヤマネコは、長崎県対馬にのみ生息する野生のネコ科動物で、環境省レッドリストにおいて絶滅危惧IA類(CR)に指定されるとともに、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」に基づく国内希少野生動植物種に指定されています。環境省による最新の生息状況調査では、推定方法の違いにより、上島には約90頭または約100頭の定住個体が生息すると推定され、下島では少なくとも17頭が確認されています。

対馬にはイエネコも生息しており、感染症の伝播に加えて、交雑による遺伝的固有性の喪失(遺伝子浸透※4)が保全上の懸念とされてきました。実際に、ベンガルヤマネコとイエネコの交雑を起源として、イエネコの品種「ベンガル」が成立していることからも、両者の間で繁殖が起こりうることが知られています。
環境省等が実施した2024〜2025年の調査では、尾に異常がみられるツシマヤマネコが島内の複数地点で少なくとも3頭確認されました。状況調査のため、環境省がこのうち1頭を捕獲し、レントゲン検査等を実施したところ、この個体の尾長は104 mmで、オス成獣の一般的な尾長(245.0 ± 20.14 mm)のおよそ半分にとどまり、第9〜10尾椎付近より先の尾椎は明瞭に描出されませんでした。なお、該当個体は検査後に放獣されています。

こうした短尾をはじめとする尾の異常は、イエネコでは一般的な形質であり、TBXT・HES7※5といった複数の遺伝子の変異が原因として知られています。そのため、この短尾個体についても「イエネコとの交雑によるものではないか」という懸念が生じました。しかし、外見の異常だけでは、交雑によるものか、野生個体群内の変異や発生異常、あるいは外傷によるものかを区別することはできません。個体群管理の判断に直結するため、ゲノム情報に基づく客観的な検証が必要でした。

本研究の成果

1. 短尾個体はゲノム全体・母系ともにツシマヤマネコ由来に位置付けられた

短尾個体1頭に加え、比較対象となるツシマヤマネコ15頭、対馬に生息するイエネコ5頭、大陸産のアムールヤマネコ4頭の計25個体について全ゲノム解析を行い、380万か所の一塩基多型(SNP)を比較しました。
遺伝的な近さを調べる主成分分析※6では、短尾個体はツシマヤマネコの集団の中に位置し、イエネコとの中間的な位置は示しませんでした。祖先の遺伝的な伝わり具合を調べるADMIXTURE解析※6や、交雑の検出に用いられるほかの分析手法でも近年の交雑を支持する結果は得られませんでした。母親からのみ受け継がれるミトコンドリアDNAについても、他のツシマヤマネコのミトコンドリアDNAと同じ型を共有していました。同様の傾向は、周辺で捕獲された他のツシマヤマネコ15頭でも一貫して認められました。

2. 近交度は他個体と同程度、イエネコの既知の短尾変異も検出されず

ゲノム上のホモ接合※7領域から算出した近交係数※8は、ツシマヤマネコで平均0.585と、イエネコ(平均0.126)やアムールヤマネコ(平均0.172)に比べて著しく高い値を示しました。ただし、短尾個体の近交係数は0.587で、他のツシマヤマネコと同程度でした。このため、少なくとも短尾個体だけが特に高い近交度を示したわけではなく、個体固有の高い近交度のみで短尾を説明する結果ではありませんでした。また、イエネコの短尾・カギ尾の原因として知られるTBXT・HES7にも、機能に影響すると予測される変異は検出されず、イエネコで報告されている原因変異ではこの個体の表現型を説明できないことが示されました。

本研究の意義

本研究は、絶滅危惧種において「見た目の異常」から交雑が疑われた個体について、ゲノム全体を用いた客観的な検証を行った事例です。交雑の疑いは、放獣の可否、飼育下繁殖への組み入れ、個体群管理の方針といった、取り返しのつかない判断につながる可能性があります。今回の結果は、形態だけを根拠に保全上の判断を行うことの危うさを具体的に示しました。

また本研究では、短尾個体だけでなく、比較対象となる他のツシマヤマネコも同時に解析しました。これにより、イエネコとの交雑の有無について、短尾個体1頭だけでなく、調査対象となった複数個体を比較して評価することができました。
さらに、ベンガルヤマネコ属(Prionailurus)において短尾個体を記載した報告は、本研究が初めてとなります。フロリダパンサー※9では、尾の異常が近交弱勢の指標として扱われ、他個体群からの導入を伴う遺伝的救済の後にその頻度が低下したことが知られています。小さく孤立した個体群において形態異常を記録し、注視していくことの重要性を示す成果でもあります。

今後の展望

本研究で解析した短尾個体1頭および比較対象とした他のツシマヤマネコ15頭では、イエネコとの近年の交雑を示す証拠は認められませんでした。一方で、短尾がどのような原因で生じたのかは未解明のままです。複数地点で尾に異常のある個体が確認されていることから、先天的・発生的な要因も候補として考えられます。一方、カメラトラップ画像のみでは尾の異常の程度や原因を精密に評価できず、外傷の可能性も否定できません。

また、本研究の手法は近年の交雑の検出には適していますが、より古い時代の交雑や、ごく低頻度の遺伝的寄与を検出することは現時点では技術的に困難です。今後、尾の異常がみられる個体の捕獲・臨床検査・遺伝解析を積み重ねるとともに、糞などから得られるDNAを用いた非侵襲的な遺伝的モニタリング手法の確立を進めることで、個体群の遺伝的健全性をより継続的に把握できると考えられます。

なお、本研究の結果は、対馬においてイエネコとの交雑や接触のリスクがないことを意味するものではありません。過去には、野生のツシマヤマネコで、イエネコ由来と考えられるネコ免疫不全ウイルス(FIV)への感染が確認されており、感染症の伝播は引き続き保全上の課題です。対馬市の「対馬市ネコ適正飼養条例」では、飼いネコを屋内で飼養するよう努めることに加え、自ら飼養していないネコにみだりに餌や水を与えないことが定められています。こうした適正飼養は、ツシマヤマネコをはじめとする対馬の野生生物を守るうえで、引き続き重要です。

今後もゲノム解析技術等を活用した研究を通じて、獣医療の発展や動物福祉の向上、希少野生動物および生態系の保全に貢献してまいります。

【原論文情報】
掲載誌
Global Ecology and Conservation
論文リンク
https://doi.org/10.1016/j.gecco.2026.e04365
原題
Genome-wide assessment of suspected domestic cat introgression in the critically endangered Tsushima leopard cat
和訳
絶滅が危惧されるツシマヤマネコにおけるイエネコからの遺伝子浸透の疑いに関する全ゲノム規模の検証
著者名
Yuki Matsumoto 1,2, Takuma Kaito 3, Koki Taniguchi 3, Daijiro Hata 3, Ryotaro Kaneko 3, Yui Habe 3, Keisuke Matsushita 3, Noriyoshi Akiyama 1, Yushi Koshida 4, Takae Shimizu-Matsumoto 1, Miho Inoue-Murayama 5, Hideyuki Ito 6
  • 1:アニコム先進医療研究所株式会社
  • 2:麻布大学 データサイエンスセンター
  • 3:環境省 対馬野生生物保護センター
  • 4:NPO法人どうぶつたちの病院
  • 5:京都大学 野生動物研究センター
  • 6:京都市動物園
【研究支援】

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(22K14910、24K17913)、環境再生保全機構 環境研究総合推進費(JPMEERF20244RB1、JPMEERF20214001)、および環境省九州地方環境事務所からの委託研究費の支援を受けて実施されました。

【用語解説】
  1. ※1ツシマヤマネコ(Prionailurus bengalensis euptilurus
    長崎県対馬にのみ生息する野生のネコ科動物。大陸に分布するアムールヤマネコと同じ系統に属し、対馬の島嶼個体群として地域的に隔離されている。環境省レッドリストで絶滅危惧IA類(CR)に指定され、種の保存法に基づく国内希少野生動植物種でもある。
  2. ※2全ゲノム解析・SNP
    ゲノム全体の塩基配列を網羅的に読み取る解析手法。個体間で塩基が1文字異なる箇所を一塩基多型(SNP:single nucleotide polymorphism)と呼び、その組み合わせを比較することで、個体の由来や血縁関係、集団の遺伝的構造を推定できる。
  3. ※3ミトコンドリアDNA
    細胞内小器官であるミトコンドリアがもつDNAで、母親からのみ子に受け継がれる。そのため、母系がどの集団に由来するかを調べるのに用いられる。核ゲノムの解析と組み合わせることで、交雑がどちらの性を通じて起こったかを検討できる。
  4. ※4交雑・遺伝子浸透(イントログレッション)
    異なる集団や種の間で繁殖が起こることを交雑といい、その結果として一方の集団の遺伝子が他方の集団に取り込まれ、世代を越えて残っていくことを遺伝子浸透という。野生動物では、イエネコやイヌなど家畜化された近縁種との交雑により、野生個体群がもつ固有の遺伝的特徴が失われることが世界的な保全上の課題となっている。
  5. ※5TBXT・HES7
    いずれも体がつくられる過程で体の軸(背骨)の形成に関わる遺伝子。イエネコでは、これらの遺伝子の変異がマンクスやジャパニーズボブテイルなどの短尾・カギ尾の原因として知られている。
  6. ※6主成分分析(PCA)・ADMIXTURE解析
    いずれもゲノム全体のSNP情報から集団の遺伝的構造を調べる手法。主成分分析は個体間の遺伝的な近さを平面上に配置して可視化する。ADMIXTURE解析は、各個体のゲノムがどの集団にどの程度由来するかを割合として推定する。
  7. ※7ホモ接合
    ある遺伝子やDNA上の特定の位置について、父親由来と母親由来の2つの型が同じである状態。
  8. ※8ROHに基づく近交係数(FROH)
    父親と母親から受け継いだDNAの配列が同じになっている領域が、ゲノム全体にどの程度あるかを示す指標。値が高いほど、近い血縁関係にある個体同士の繁殖が重なってきた可能性が高いことを示す。個体数が少なく、他の集団との交流が少ない野生動物では、高い値になることがある。
  9. ※9フロリダパンサー
    米国フロリダ州南部に生息するピューマ(Puma concolor)の地域個体群。過去に個体数と遺伝的多様性が大きく減少し、尾の折れ曲がりなど、近交弱勢に関連すると考えられる特徴が高頻度でみられた。その後、別の地域に生息するピューマを導入して遺伝的な多様性を高める「遺伝的救済」が行われ、こうした特徴がみられる割合が低下したことが報告されている。